社会学者、小谷敏さんの『負債の網』書評!

『怠ける権利!過労死寸前の日本社会を救う10章』(高文研)の著者、小谷敏さん(社会学、現代文化論)が「本のメルマガ」に『負債の網』の書評を書いてくださいました。
以下です。ぜひ、お読みください。
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エレン・H・ブラウン 早川健治訳 
『負債の網 お金の闘争史・そしてお金の呪縛から自由になるために』 那須里山舎 4800円+税
評者 小谷敏
 
 19世紀末のアメリカは、金本位制度の下で通貨不足に苦しんでいました。恐慌が深刻化する中、「産業労働者連盟」は無負債の政府紙幣の発行を求めて、ワシントンへの行進を行っています。フランク・ボームの名作『オズの魔法使い』のエメラルドの都への行進は、ワシントン行進の隠喩であると著者は述べています。かかしは農民。ブリキの樵は工場労働者。ライオンは運動の指導者。狡猾な老詐欺師であるオズの魔法使いは銀行家。そして主人公ドロシーは、アメリカン・ドリームを追及する力強いコモンマンを体現しています。

 アメリカ植民地は、イギリスの銀行の融資を受けることなく、地方自治体が独自の通貨を発行することによって、繁栄を謳歌していました。イギリス政府が植民地通貨の発行を禁止したことが、独立革命を引き起こす大きな要因となったのです。建国の父たちも、銀行によって国家財政を牛耳られることに対する、強い警戒感を抱いていました。南北戦争当時、リンカーンは、「グリーンバック」紙幣を発行し、北軍を勝利に導きました。人民の福利のために政府紙幣を発行することは、アメリカのよき伝統であったと著者は言います。

 1913年に連邦準備銀行(連準)が発足しています。連邦の制度を装いながらも連準は、銀行家たちの恣意のままに運営されています。通貨の発行権も連準が担います。銀行は、「…紙幣…を政府に融資し、政府はこれを国債…と交換し、前者を国家の通貨として流通させる」(90)。紙幣は、利子付きの負債として発行されています。国家は、銀行が仕掛けた「負債の網」にからめとられ、膨れ上がった利息の返済に苦しむことになります。これは、民間機関である中央銀行が通貨の発行を担う、すべての国で生じていることです。

 「負債の網」から人々を解き放つために、グリーンバック紙幣の伝統に立ち返るべきだと著者は言います。合衆国憲法には、「連邦議会は貨幣を鋳造する権限を有する」(456頁)と書かれている。連準を廃止して、政府紙幣を発行すればよい。累積した膨大な国家債務も、政府紙幣で支払えば瞬時に消え去ってしまう。その場合には国債を紙幣に置き換えただけだから、インフレは起こらない。政府紙幣の発行が可能になれば所得税も不要になる。これこそがドロシーたちの思い描いた、「アメリカン・ドリーム」に他なりません。

 著者の主張は非常に過激なものです。本書で示された様々な処方箋が実現可能なものか。経済の門外漢である評者には見当もつきません。しかし膨れ上がった政府債務に圧迫されて、日本社会の窮乏化がとどまることなく進んでいることも事実です。いまこそお金とは何かを問うべき時であり、本書にはそのための豊富なデータが詰まっています。本書掛け値なく面白い。訳文も実にこなれた見事なものです。そして地方の小さな出版社が、この大著の翻訳を刊行したことにも、大きな意義があると思います。どうか、ご一読ください。