93歳の知識人ノーム・チョムスキーと、グリーンニューディール研究の世界的第一人者ロバート・ポーリンが、気候危機解決の道を語った『気候危機とグローバル・グリーンニューディール』。Fridays For Future Japanによる日本語版まえがき、そして飯田哲也・井上純一・宮台真司各氏による力強い推薦の言葉に後押しされつつ、ついに発売となった。本の完成を記念し、当ホームページでは12月をとおして特別コンテンツを無料公開していく。今回はFridays For Future Japanのメンバーたちによる「まえがき」を全編掲載する。
気候正義とFridays For Futureの実践
このまえがきでは、この本について私たちが重要に感じた点と、「気候正義」の実現を目指し日本で活動するFridays For Future Japanの実践について述べる[1]。そして、実践を通じて私たちの運動がどんなオルタナティブを目指しているのか示したい。
日本のグリーンニューディールについて
本書はとてもリアリスティックだ。気候危機をはじめとする環境問題がどのように起こり、悪化し、人間社会はどこに向かっているのかという点を、客観的事実を用いて描写している。気候危機を議論する際、「今のままでは危ない」「地球が壊れる」という抽象的な喚起はよく聞かれる。しかし、この本はそれとは全く違ったアプローチを取っている。暗闇を見つめるように、目をつむりたくなるような現実をデータに裏付けされた逃れようのない事実として伝えてくる。こういったことは日本の気候危機についての議論では行われてこなかった。これからこの本を読もうとしている方には、グリーンニューディールという言葉を聞いたことがある方が多いだろう。しかし、この本でグリーンニューディールという言葉が使われるとき、それは日本で認識されている意味よりもさらに大きな意味を表す。グリーンニューディールと聞くと、「環境と成長の好循環」という言葉を思い出す方もいるのではないだろうか。この言葉は、2019年に当時の菅首相がカーボンニュートラルを宣言した所信表明演説やすでに閣議決定のなされた「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」で示したものである[2]。環境対策を行うことで雇用創出やイノベーションを促し、経済成長に繋げるということを意味する言葉だ。直接紐づけられているわけではないものの、この言葉がグリーンニューディール政策の原則を表すものだという認識が現在の日本では一般的であると思う。
それに対し、本書で使われているグリーンニューディールは、気候危機の複雑さや環境問題を引き起こしたより大きな根本原因をたどることから始まる。
本書の重要な論点
チョムスキー氏とポーリン氏の二人が明らかにしているのは、気候危機は本書のテーマではありながらも、より根深く構造的な経済・社会・倫理的な問題が発現した一つの例に過ぎず、根本にある問題―私たちはこれを静かな暴力と呼ぶ―へ目を向けねば解決は難しいということだ。新自由主義政策の加速により世界においては自由市場の元で企業が環境破壊などを度外視した利益追求を行い、気候変動が加速してきた。チョムスキー氏とポーリン氏は本書の中で、気候変動や環境破壊が起こると分かっていながら問題を作り出してきた化石燃料ビジネスや化石燃料関連企業、そしてそうした企業と癒着した政府は、自然を資源として搾取するのと同じように途上国や先進国に住む低所得者層の労働を搾取し、使い果たしてきたと述べている。さらに気候変動は不平等にも低所得国、低所得層や有色人種、女性、障がいを持つ人など、その影響に脆弱な人々に甚大な被害をもたらす。そうした格差構造の中において特権を得て、今までも問題を作ってきた人々が現在も未来を決定する力を握っているのだ。
それに対して政策決定の場において、格差構造によって不平等な影響を受けてきた人々の声は反映されるどころか、女性を虐げ男性中心的な社会の特権を享受してきた「おじさん達」であふれる政治の中で「存在しないもの」として扱われる。気候変動はあらゆる社会不正義の被害者をさらに苦しめる問題だ。この大きくかつ静かな暴力によって私たちは目を塞がれている。
日本国内においても静かな暴力が働いているケースは多く見られる。例えば日本のCO2排出源の8割以上を占めるエネルギー政策を決定する経済産業省資源エネルギー庁内の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会においては、メンバーの平均年齢は62歳、3分の2が男性だ。そしてメンバーの多くが石炭火力発電や原子力発電の継続的な利用を訴える企業の意見を反映している。政府与党においても、当時の菅政権において女性閣僚はたったの3人だった。多くの政治家が経済的に恵まれた家庭の出身で、派閥政治によって日本の政策は決定されている。こうした現在の政策決定者は、国民を気候変動から守ることよりも、脱炭素の波に対して必死に足掻こうとしている日本企業の言うことに耳を傾け、古い価値観のまま様々な計画や戦略を策定している。こうした現在の意思決定プロセスの中では、かかる政策によって悪化しかねない気候変動で未来を脅かされている若者や市民の団体などからの意見は実質的に反映されず、文字通り「存在しない」ものとして扱われている。
日本における「公正な移行」の欠如
チョムスキー氏とポーリン氏が本書を通して特に強調しているのは、「公正な移行」だ。すなわち、気候危機を乗り越えた社会を築くために、その変化によって影響を受ける産業や労働者たちが取り残されることがないような、社会のトランジションを実現する必要がある。しかし自動車やエネルギー産業においては、公正な移行ではなく現状維持が叫ばれ、変化を起こそうと模索する行政においてもその視点は抜け落ちている。
例えば、2020年7月から始まったプラ袋の有料化は環境省のレジ袋有料化検討小委員会で議論されたが、会議はわずか4回のみで、有料化によって大きな経済的影響を受けると予想されるプラ袋を製造する企業は一度ヒアリングをされただけだった。委員には環境問題などに関する専門家が呼ばれたが、当事者同士が議論するような場はなかった。こういった形式的で予定調和的な会議は、本書で指摘されている上述のような問題に通ずるものであり、人間社会で必要不可欠な平等性を欠いた結果を生み出すだろう。実際、有料化ではプラ袋を製造する企業への補償等はなにも行われていない。こういった根本原因を放置した意思決定の方法が持つ問題は、今後の気候危機などの環境問題への政策でよりはっきりと顕在化してくるだろう。
読者の方々へ
以上のように、日本には気候正義に関わるさまざまな問題が山積しており、グローバルサウス(現代の資本主義のグローバル化によって被害を受けている国々や人々を指す)や将来世代がそのツケを払わされることになるのだが、本書では特にアメリカの事情が議論されている。しかし、だからといって本書を手に取っているであろう日本語話者に関係のない話をしているわけではない。気候危機について語られるときの反応としてよく耳にするのが「二酸化炭素を最も多く排出しているのはアメリカや中国だから、日本より前にそういった国が努力をすべきなのだ」という言説だ。そもそも気候危機の問題はある一国だけの問題ではなく、一国の振る舞いが全ての国(特にグローバルサウスの国々)に影響を与えるものであり、日本が自らの責任を免れる理由はどこにもない。確かに本書で挙げられる例はアメリカのものが中心ではあるが、読者の方には自分の身近なところに引き寄せて考えていただきたいと思う。
気候変動政策をめぐる議論の中でよく聞く言説には、他にも「再生可能エネルギー100%なんて無理だ」「現実的に考えると、この対策は実行できそうにない」といった実現可能性に言及するものがある。確かに私たちが求める気候正義の実現はとても難しく、骨の折れるものである。しかし、だからと言ってこの問題の解決に向けて十分な対策を取らないということは、すなわちグローバルサウスの人々や将来世代の被害を容認するということであり、決して許されることではない。
本書において、チョムスキー氏もポーリン氏も現状に対して冷静に絶望している。しかし、それと同時にその絶望から抜け出せるような希望を描いてもいる。内容はいささかラディカルに思えるかもしれないが、決して絵に描いた餅ではなく、実現可能性に対する批判への一つの回答となるものだ。しかし、このようなラディカルなアイデアも、それを政策決定者に下から押し付けるだけの「力」ある運動がないと絵に描いた餅になるだろう。
そして、私たちは本書に書かれていることを単なる机上の空論と思わず、現在沈黙させられている人々の声を響かせ、人々の命が尊重される社会を作るために、想像力を取り戻す必要がある。今までの問題を作ってきた人々ではなく、当事者達が未来を描き創造していくために、本書は深く現在の問題を分析する。実践の書として、気候正義の実現に向けた運動の第一歩にしていただきたいと切に期待する。
そのためにも、私たちは本書を特に気候正義運動に興味のある・関心のある学生や若者に読んでほしい思う。
気候正義の実現を目指すFridays For Future Japanの実践
ここからはFridays For Future Japanの実践を紹介し、これからの展望を示していきたい。
今年4月にFridays For Future Japanは、「マイノリティから考える気候正義プロジェクト」を発足して以来、最大の汚染者である企業や富裕層の責任を追及し、気候危機の影響を最も受ける人々と共に立ち、多くの犠牲の上に成り立つ「無限の経済成長のおとぎ話」を拒絶し、これまでとは全く違う世界を目指して活動してきた[3]。
「たくさん働き、たくさん消費する」これまでの世代の生き方は、人間と自然を犠牲にし、ついに地球規模の気候危機を招いた。日本では「四大公害病」をはじめ、公害・環境破壊が多くの人々の命を奪ってきた。そして今日も人々が「過労死・過労自死」に追いやられている。例えば、私たちが労働者と一緒に長時間労働とCO2排出の削減を求めた自販機産業では、企業の利益のために労働者と自然が日々使い潰されている。
そんな中、親世代より貧しくなる私たちにとって、昔のような生き方には魅力のかけらもない。富裕層は日に日に富を蓄え、その他大勢は日に日に貧しくなり、そして性差別や人種差別が激化するこの社会で、これまでのような生き方をしたいだろうか。
そしてなによりも、グローバルノースの「豊かな」生活のために、グローバルサウスで大洪水や煙霧の中で未来を奪われる同世代がいる不正義に、私たちは憤りを覚えている。バングラデシュでは、住友商事とJICAが石炭火力事業を推進し、すでに現地では農民や漁民の生活の糧が奪われている[4]。そして発電所がフル稼働すれば、これからさらに多くの命を危険にさらす。私たちは気候危機の影響を最も受ける国のひとつであるバングラデシュの同世代と一緒に、現地で石炭火力発電所事業を増設する住友商事およびJICAと闘っている。
活動を進めるオーガナイザーたちは全員、学生や若い労働者といった普通の若者たちだ。汚染企業との闘いを通じて、普通の若者たちが集まり、システムを根本から変える大きな力になれるはずだ。
労働者との連帯から始まったプロジェクト
私たちの活動は、労働者たちとの連帯から始まった。今年5月1日のメーデー・国際労働者の日には「#労働者と連帯します」のハッシュタグと共に、学生や若い労働者のオーガナイザーたちがプラカードにメッセージを書き込み、SNSに投稿した。このアクションは、国内外の活動家からの支持を受け、新たな可能性を生んだ。
私たちのアクションは、すぐに労働組合との連帯アクションにつながった。6月25日には、自動販売機に飲料を補充する労働者で作る労働組合「自販機産業ユニオン」が業界全体に気候対策を求めるストライキを行い、私たちは彼らと連帯アクションを行った。
日本の自販機産業では、企業どうしの苛烈なシェア争いが起きており、街のいたる所にムダな自販機が設置されていて、一人当たりの自販機台数はヨーロッパの約400倍にものぼる。そんな自販機産業では、グローバル企業が利益をあげるための大量生産・大量消費のために、多くの下請け労働者が過労死や過労自死、精神疾患の犠牲となり、大量に廃棄されるプラスチックや輸送による温室効果ガス排出により環境も破壊されている。需要を煽るための見せかけだけの新製品の導入により毎回廃棄されるプラスチックダミー(自販機の購入ボタンの上にあるサンプル)と共に使い捨てられる20代・30代の労働者たちは、業界にムダな自販機の削減と労働時間の短縮、そしてCO2排出量の削減を求めて、ストライキを行ったのだ。この行動に応じて、私たちはCoca Colaをはじめとするグローバル飲料企業を相手に、大量生産・大量消費を煽るような大量の自動販売機の削減を求めて、全国各地の自販機の前で抗議をしたのだ。抗議の対象となる自販機を見つけるのに時間はかからなかった。
本書でも強調されているように、気候正義運動にとって、労働運動との連帯はとても重要だ。どんな社会も、労働によって成り立っている。本来、労働とは人間が自然と関わり合いながら衣食住といった社会を維持するために必要なものを生み出すことだ。しかし私たちが暮らす資本主義社会では、労働は企業が利潤を追求するための道具に成り下がっている。利潤を最優先にするシステムは、結果として労働者の過労死や過労自死、精神疾患を招いてきた。特に雇用から弾き出されてしまったら生きていけない日本社会では、どんなに劣悪な労働条件・労働環境であっても、労働者は雇用にしがみつかざるを得ない。労働者が長時間労働を続けている限り、生活のあり方を変えて自然へのケアを行うことは不可能だ。そして大量生産・大量消費のために自然は搾取され、破壊され尽くされてきた。つまり、この社会の多数派であるはずの労働者は、企業や富裕層にとっての富を生み出すための力無き存在に成り下がり、私たちの生活を支える地球環境に対して有害な労働であっても受け入れざるを得ない状況にあるのだ。そんな中、企業の利益のために人間も環境も使い潰すシステムを変えるために、自販機産業ユニオンの労働者たちは立ち上がったのだった。
生産のあり方の変容を目指す労働運動との連帯アクションは、日本の気候正義運動にとって大きな前進だった。なぜなら、自販機産業ユニオンのメンバーと私たちの行動は、これまで隠されてきた生産の現場に焦点を当て、人間にとっても地球にとっても持続不可能な経済のあり方に疑問を呈したからだ。従来型の日本の「環境運動」は、多かれ少なかれ、「一人ひとりが出来ることをやろう」をスローガンに、個人の消費スタイルを変える啓発活動に陥ってきた。飲料業界は、大量消費を煽る一方で、消費者にリサイクルといったエコな行動変容を求めてマーケティングを行ってきた。それにより人間も自然も破壊するグローバル汚染企業の責任は隠されてきたのだ。そんな中、個人の消費スタイルを変える間接的な手法ではなく、生産過程で労働者が力を持つことは、労働者の手で直接的に気候変動への対処を行うことを意味し、普通の人々が社会を維持する力を取り戻すという大きな意義があるのだ。
労働運動と連帯する私たちの活動は、世界的な気候正義運動の潮流の中にある。例えばフランスでは、黄色いベスト運動と気候正義運動の連帯が実験的な「気候変動市民議会」へと結実し、普通の労働者や市民が気候危機と貧困の拡大への対策を提案している。これにより「週28時間の労働時間」や「熱効率の悪い賃貸の禁止」など、普通の人々の生活を安定させ、地球環境への負荷を減らしていく策が議論されている[5]。これらは企業にとっての減収になり、企業は猛烈に抵抗する。そのため、普通の人々による闘いなしには実現されない。
世界でも、日本でも、気候危機と経済格差の拡大を乗り越える普通の人々の闘いが着実に前へ進んでいるのだ。
そしてグローバルな連帯と「学校ストライキ」へ
最大の汚染者の責任を問い、今とは全く違う未来を目指す私たちの運動は国内に留まらない。今年9月24日に世界で一斉に行われた「グローバル気候ストライキ」のテーマは、先進国中心の運動を乗り越え、「最大の汚染者」である大企業や富裕層を相手に団結して闘うことだった[6]。私たちのプロジェクトも、バングラデシュの活動家たちと連帯し、現地の人々の生活と環境を破壊する住友商事とJICAの政府開発援助(ODA)による石炭火力発電所の増設に反対し、土地を追われた漁民・農民への補償・賠償を求めている。同時に私たちは、大企業や富裕層の利益のための開発ではなく、バングラデシュの人々が主体となった気候危機対策への援助を求めている。これらの実現のために、私たちは日本全国で「学校ストライキ」を行う予定だ。
きっかけは、私たちのTwitterにFridays For Future Bangladeshの活動家たちからダイレクトメッセージがあったことだ。住友商事と国際協力機構(JICA)は、バングラデシュ南東部のマタバリで石炭火力発電所を推進し、多くの問題を引き起こしており、日本の活動家たちも一緒にこの事業に反対してほしいとのことだった。
バングラデシュでは電力供給が足りているにもかかわらず、住友商事とJICAは現地の人々の犠牲の上に「マタバリ超々臨界圧石炭火力発電事業」を推進している。バングラデシュでは、これまで安定した電力を得られなかった家庭にも、現地の人々の手による小規模な再生可能エネルギーの導入によって電力が供給されるようになってきていたにも関わらずだ。
この発電所は、日本の平均的な新規石炭発電所の21倍の二酸化硫黄と10倍の致死性粒子を排出し、地域の人々の早期死亡率を引き上げる可能性が指摘されている[7]。
この事業を進めるにあたって、少なくとも2万人の現地住民が土地を追いやられ、生業を奪われてきた[8]。発電所建設のために周辺の川には土砂が注がれ、漁民の多くが土地を離れ、あらゆる有害物質と危険がつきまとう船舶解体業に流れたのだった[9]。
そして言うまでもなく、バングラデシュは気候危機の影響を最も受ける国々のひとつだ。同発電所の建設は、モンスーンの際の洪水被害が悪化する原因となっている。2018年には、周辺31の村のうち22の村が浸水し、最大で1万5千人が被害を受け、5件の溺死事件が起こり、そのとき亡くなった全員が子供だったのだ[10]。
また、この石炭火力発電所の操業に必要な石炭は、インドネシアやオーストラリア、そして南アフリカから、マタバリ港を通じて輸入されるようだ。そのため、JICAはこれらの石炭を輸送するために同地域に海港も建設している[11]。この石炭火力発電所で発電された電力は、バングラデシュ南東部に計画されている巨大産業経済ゾーンで消費される予定だ。グローバルサウスの人々の命や生活、地球環境を蔑ろにし、日本を含め世界の大企業や富裕層は、自分たちの利益のために石炭火力発電所の建設や港湾施設の整備のような大規模な開発を推し進めているのだ。
こういった背景から、私たちはバングラデシュの活動家と共に、住友商事とJICAに対して、石炭火力事業からの完全撤退と、土地を追われた漁民や農民への補償・賠償、そしてバングラデシュの人々が主体となった気候変動対策への援助・再投資を求める要求書を提出した[12]。
しかし住友商事とJICAは私たちの要求を無視し、石炭火力発電所の建設を継続している。そのため、私たちは10月22日に「グローバル気候ストライキ」の第二弾として、住友商事とJICAへの抗議、さらに日本各地での「学校ストライキ」を行うことにしたのだ。
私たちが学校ストを行うのには理由がある。日本の学校では、日本の国際貢献は途上国の経済を開発・発展させる良いものとして教えられる。だが現実には、バングラデシュでの石炭火力事業を見ればわかるように、日本企業の利益のための開発が現地の人々の生活と環境を破壊しているのだ。そもそも日本の高度経済成長は、日本以外のアジア諸国の犠牲なくして成り立たなかった。学校では本当のことを教えてくれないのだ。
そのため、私たちは学校を抜け出して、街や広場、公園に集まり、日本の国際貢献の真実を自分たちで学び、知を取り戻そうと決めた。今までとは全く違った方法で、自分たちの力でグローバルサウスの人々と連帯する方法を探るのだ。
さいごに 気候正義を求めて闘うグローバルな運動のオーガナイジングを!
私たちは、普段思わされているほど力無き存在ではない。気候危機が加速し、資本主義の矛盾が激化するなか、私たちは希望を失っていない。なぜなら、私たちは気候正義運動を通じて、社会を変える力を取り戻し始めているからだ。当時15歳だったグレタさんは、たったひとりで学校ストライキをし、現在では世界各地の同世代がシステムチェンジを求めて学校を抜け出している。今やFridays For Futureは、グローバル汚染企業にとっての大きな脅威となってきている。同じ目的のために仲間を集め、団結するオーガナイジング(組織化)の力があるからだ[13]。
資本主義社会でバラバラにされ、力無き存在にさせれてきた私たちは、政治家や官僚、そして経営者こそが社会を変える存在だと思い、彼らの良心へ淡い期待を寄せてしまうかもしれない[14]。しかしすでに見てきたように、社会を変える大きな原動力は、普通の市民や労働者にあるのだ。そして、そこには運動の組織化を進めるオーガナイザー(組織者)がいる。例えば、普通の市民と労働者の怒りがフランス全土を焼き尽くした黄色いベスト運動と若者の気候正義運動が連帯できたのは、活動家たちが労働者に働きかけ、組織化を行ったからだった[15]。
オーガナイザーになるには学歴も資格も必要ない。「社会を変えたい」という熱い思いがあれば誰にでもなれる。Fridays For Futureには、10代・20代の若いオーガナイザーがたくさんいる。私たちは、企業や国の大きな力に束ねられるのではなく、Fridays For Futureのように自由な意志で集団を作り、システムを根本から変える大きな力になれるはずだ。
2021年10月 Fridays For Future Japan
[1] 私たちの「気候正義運動」とは何か。最大の汚染者である企業・富裕層の経済活動や政治家の行動の欠如によって、気候危機が引き起こされてきた。しかし、危機の影響を最も受けるのは、その他大多数の人々であり、特に貧困層やグローバルサウスの人々が歴史的に多大な被害を被ってきた。歴史を通じて構造的に虐げられてきた人々が存在するわけだが、最大の汚染者たちとの闘いから、この不平等を是正する運動のことだ。
[2] 環境省. (2019). 「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」の閣議決定について.
https://www.env.go.jp/press/106869.html
[3] グレタさんは「国連気候行動サミット2019」で、大絶滅の危機が差し迫るにもかかわらず、お金と無限の経済成長のことしか考えていない世界の「リーダー」たちを前に、批判のスピーチをした。スピーチ全文:https://www.theguardian.com/commentisfree/2019/sep/23/world-leaders-generation-climate-breakdown-greta-thunberg
[4] No Coal Japan. (2020). 住友商事のマタバリ石炭火力発電所建設が愚策である10の理由. https://nocoaljapan.org/ja/10-reasons-why-sumitomo-matarbari-coal-plant-terrible-idea/
[5] Lecœuvre, C. (2021). Work Less, Pollute Less: The Virtues of a 28-Hour Week. Trans. Lucie Elven. Le Monde diplomatique, June 2021. https://mondediplo.com/2021/06/13working-hours
[6] FFF Japanの公式ウェブサイトでは、グローバルサウスの活動家が中心となって書いた声明文の和訳を掲載している。今回のグローバル気候ストライキの論点がよくわかるはずだ。https://fridaysforfuture.jp/fffinternationalが求めること
[7] Greenpeace. (2019). Double Standard: How Japan’s Financing of Highly Polluting Overseas Coal Plants Endangers Public Health. https://www.greenpeace.org/southeastasia/publication/2887/double-standard-how-japans-financing-of-highly-polluting-overseas-coal-plants-endangers-public-health/
[8] Bangladesh Working Group on External Debt (BWGED). (2018). Initial Observation of BWGED on Matarbari Coal Power Plant. https://bwged.blogspot.com/2018/08/initial-observation-of-bwged-on.html
[9] Yousuf, M. (2021). The Killing of Kohelia. The Daily Star. https://www.thedailystar.net/frontpage/news/the-killing-kohelia-2033253
[10] Start Network. (2018). Cox’s Bazar: Maheshkhali – Water logging. ReliefWeb. https://reliefweb.int/report/bangladesh/coxs-bazar-maheshkhali-water-logging
[11] 日本貿易振興機構(JETRO). (2021). 日系企業開発のマタバリ港に初の外航船が到着. https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/01/a9f925604bdfedde.html
[12] 気候正義プロジェクトとFFF Bangladeshによる、住友商事とJICAへの要求書. https://note.com/fffjapancjfm0518/n/ne44ce436442d
[13] 活動家集団による社会運動の組織化を通じて、普通の人々が力を取り戻すイメージは、アリシア・ガーザ著『世界を動かす変革の力 ブラック・ライブス・マター共同代表からのメッセージ』(人権学習コレクティブ監訳、明石書店、2021年)を参照。
[14] どんな社会も労働によって成り立っているので、本来ならば労働者には社会を変える大きな力があるはずだ。しかし現実には資本主義社会でバラバラにさせられた労働者たちは、「袋一杯のジャガイモ」のように力無き存在になっている。その中から自然発生的に運動が生まれてくるのではなく、本書で紹介されているトニー・マゾッキのようなオーガナイザーたちが労働者の中から能動的な運動を形成するのだ。このためチョムスキー氏は、「袋一杯のジャガイモ」というマルクスの言葉を引用して組織化の重要性を訴えている。
[15] 2021年1月にNHKで放送されたドキュメンタリー「クライメート・ジャスティス パリ“気候旋風”の舞台裏」は、黄色いベストと若者の連帯を実現した、若い活動家による組織化の過程を描いている。このような地道な組織化は、世界各地で若者の手によって行われているのだ。