新刊の抜粋 Part 5「心には悲観主義を、意志には楽観主義を」(チョムスキー+ポーリン)

Illustration © Jared Rodriguez / Truthout

93歳の知識人ノーム・チョムスキーと、グリーンニューディール研究の世界的第一人者ロバート・ポーリンが、気候危機解決の道を語った『気候危機とグローバル・グリーンニューディール』。Fridays For Future Japanによる日本語版まえがき、そして飯田哲也・井上純一・宮台真司各氏による力強い推薦の言葉に後押しされつつ、ついに発売となった。本の完成を記念し、当ホームページでは12月をとおして特別コンテンツを無料公開していく。第三弾は、新刊作品からの抜粋シリーズをお届けする。


Part 5: 心には悲観主義を、意志には楽観主義を

ポリクロニュー(聞き手) 本書でも議論を重ねてきたように、現在においても新自由主義体制は相変わらず支配的であり、またこれよりもさらに危険なネオファシズム社会運動も台頭してきています。この文脈では、気候危機に立ち向かうための深い政治参加を促す目的で有権者を鼓舞しようとしても、徒労に終わってしまいそうな心持ちになります。むしろ、気候変動のもつ緊急性の高さをしっかりと受け止めて動いているのは主に若い世代のみであるようにも見えます。こうした情勢をうまく逆転させ、気候変動を世界中の公的議論における最優先課題として位置づけていくためには、何をすれば良いでしょうか。まずはチョムスキーさんのお考えをお聞かせください。

チョムスキー ムッソリーニ政権下の獄中でグラムシが行った洞察を引用しておく。「古いものたちが死にゆく中、新しいものたちは誕生できずにいる。その空白を幾多の病理現象が埋めている」。昨今ではもはや紋切型になりつつある言葉だが、無理もない。ことの本質を突いているからだ。

 新自由主義は今後もエリート階級のマントラであり続けるかもしれないが、明らかに廃れてきてもいる。新自由主義が一般の人々に与えた影響は、場所や時期に関わらずほぼ例外なく残酷なものだった。アメリカではもはや全人口の約半分が「負の純資産」(すなわち債務超過)を抱えており、そのかたわらで上位0.1%が全体の20%以上の富を有している。これは下位90%の有する富とほぼ同等の量だ。悪趣味なこの富の集中が進むにつれて、健全な民主主義や社会福祉が直接打撃を受け衰退の道を歩んでいる。ヨーロッパは、社会民主主義の残りかすが痛みを緩和している面もあるとはいえ、ある意味アメリカよりもさらに手酷い打撃を受けている。病理現象もそこかしこにあふれている。怒り、恨み、人種差別や排外主義の悪化。移民や少数派、ムスリムの人々などのスケープゴートに向けられた憎悪。恐怖心を煽り、混乱と絶望の時代に噴出しがちな社会病理を利用する扇動政治家(デマゴーグ)たち。国際政治の舞台では「反動派インターナショナル」が台頭し、ホワイトハウスを筆頭にボルソナーロ、ムハンマド・ビン・サルマーン[1]、アッ=シーシー[2]、モディ、ネタニヤフ[3]、そしてオルバーンなどの魅力あふれる人物たちが集結している。一連の病理現象への対抗勢力として、他方では気候変動を始め多種多様な分野における社会活動が存在する。新しいものたちはまだ誕生していないかもしれないが、多くの取り組みが複雑に織り合わさっていく中で徐々に頭角を現してきている。それがどのような形で成熟するのかは現時点ではまだはっきりしない。

 予測できないことばかりだが、自信をもって言えることもいくつかある。現在醸成されている「新しいものたち」に意義が宿るためには、まずもって核戦争と環境破壊という人類の存続に対する二つの脅威に全力で立ち向かう必要がある。

ポリクロニュー(聞き手) ポーリンさんはどうお考えでしょうか。

ポーリン 私もまずはアントニオ・グラムシの名言から出発したい―「心には悲観主義を、意志には楽観主義を」。問題の核心に迫る言葉だ。すなわち、気候科学の声に真剣に耳を傾けつつ現在の世界を見渡してみると、現実的な気候安定化に(正確には2050年までにCO2排出量実質ゼロを実現するというIPCCの公式目標の達成に)向かってものごとが進む可能性はお世辞にも高いとはいえない。他方で、こうした目標の達成に全身全霊を注ぎこむ以外に、マーガレット・サッチャーの有名な言葉を借りるならば「他に道はない[4]」。

 「意志の楽観主義」に関して言うと、気候活動は近年急速に勢いをつけてきており、すでに大きな結果を出し始めてもいる。中でも2019年9月の世界気候ストライキは特筆に価する。これを率いたのはスウェーデンの十代の若き人格者、グレタ・トゥンベリだったが、世界150カ国の4500以上の地域で600万人から750万人の人々が参加したと推計されている。

 気候ストライキほど目立たなくても、これと同じくらい重要な活動は世界各地に存在する。例えば、スペインやフランスやイタリアを含む地中海西部の国々では、新たな石油や天然ガスの探査と掘削を違法化するための運動が見事に結実した。こうした政治的躍進はごく最近の出来事であり、2016年頃から始まったものだ。というのも、例えば2010年から2014年におけるスペインでは、世界金融危機と大不況の余波に苦しめられる中、政府当局が石油企業のために100件以上の許可証にサインをし、全国各地で新規探査・掘削事業を認めていた。これに対して環境活動家たちは観光業関連の事業者たちと手を組み、経済再生策としての化石燃料開発に反対し、成功を収めた。政府側は経済危機の痛みをなんとか和らげようとスペインにおける石油の探査と掘削に踏み切ったわけだが、イビサ島の地元自治体職員はこれを「悪夢」と呼び、「無事に目覚めることができて幸運だった」とも付け加えた[i]

 西欧各地の草の根気候活動を受けて、欧州委員会は「欧州グリーンディール」計画の設立を公表した。この計画の全体のねらいは、ヨーロッパ大陸全土において2050年までに排出量実質ゼロというIPCC目標を達成することだ。2020年初頭現在、欧州連合の二大立法機関である欧州理事会と欧州議会はこの計画に賛成票を投じた。とはいえ、立法機関による決議の採択は特段難しいことではない。肝心なのは、ヨーロッパの人々にこの約束を守る意志があるかどうかだ。この問題にはまだ答えが出ていない。

 似たような動きはアメリカにおいても勢いをつけてきており、ドナルド・トランプ大統領による滑稽な気候変動否定論をも乗り越えている。例えば2019年6月にはニューヨーク州が全国で最も野心的な気候目標を採択したが、そこには2040年までの電力の完全脱炭素化や2050年までの排出量実質ゼロ経済の実現などが組み込まれていた。ニューヨークにおけるこのイニシアチブの背景には、カリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州、コロラド州、ニューメキシコ州、そしてメイン州における対策が存在する―これらはいずれもニューヨークほど野心的ではなかったのだが[ii]。州レベルでの進歩を後押ししている重要な要素として、主流の労働運動への参加者の増加が挙げられる。労働組合員たちがリーダー的な役割を担った事例も存在する。州レベルの対策にとって、現在化石燃料産業に生計を依存している労働者や地域社会に向けて十分な「公正な移行」制度を実施できるかどうかは喫緊の課題だ。手厚い「公正な移行」制度なくしては、こうした人々や地域の生活水準は大きな打撃を受ける運命にある。「公正な移行」を気候運動の最優先課題として位置づけることで、労働組合はさきほどノームが挙げた先見的労働運動リーダー、トニー・マゾッキの遺産を継承しつつ発展させているわけだ。

 低中所得諸国においては、気候運動はまだそれほど大きくなっていない。とはいえ、これも近い将来に大きく変わる可能性が高い。社会活動が盛り上がり、アメリカや西欧で見られたような連合、環境活動家や労働関連組織や一部の産業部門の事業者たちの連合が形成されてきているからだ。政治に参加する人々が増えてきている背景には、デリー、ムンバイ、上海、北京、ラゴス、カイロ、そしてメキシコシティを含め、低中所得諸国の主要都市のほぼすべてが大気汚染によって居住不可能になってきているという現実がある。デリーの若き気候ストライキ活動家、アマン・シャルマ[5]は、この問題について2019年9月の『ガーディアン』紙でこう述べている。「私たちの活動は、生きる権利、息を吸う権利、そして存在する権利を取り返すためにある。環境水準よりも産業目標や金融目標を優先するような非効率的な政策制度によって、私たちはこうした権利を剥奪されている[iii]」。

 この運動を発展途上国の内外で盛り上げていくためには、優良雇用機会の拡充、一般の人々の生活水準の向上、そして世界各地における貧困撲滅は、気候安定化と一緒に実現できるのだという考えをはっきりと示していく必要がある。これこそグローバル・グリーンニューディールの根幹を成す命題だ。現実的なグローバル・グリーンニューディールを推進し、「意志の楽観主義」を起動させ、地球を救う政治経済運動の力の源にしていこう。

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訳注

[1] MBS サウジアラビア王太子、第一副首相、国防大臣。2015年にはイエメンへの軍事介入を指揮し、2011年イエメン騒乱以降の政治的解決策への気運を抹消させた。また2017年には「汚職の根絶」を大義名分に国内の政敵に対する大々的な粛清を行い、多数の政治家、実業家、そしてジャーナリストを逮捕した。人権活動家を暗殺するための秘密組織「虎たちの分隊」を結成し、『ワシントン・ポスト』紙ジャーナリストのジャマール・カショーギの暗殺をするなどして粛清を進めた。また社会運動の高まりを受けて2017年には女性が運転免許を取得する権利や起業をする権利を認めたが、2018年以降はこの運動のリーダー格たちを次々に逮捕した。

[2] al-Sisi 第4代エジプト大統領。第一副首相、国防大臣、エジプト国軍総司令官、エジプト軍軍事情報庁長官、エジプト軍最高評議会議長などを歴任した。2013年にクーデターによって当時のムハンマド・ムルシー大統領の権力を剥奪し、2014年に96%以上の得票率で大統領に当選した。2014年に国内のミニヤ裁判所が「ムスリム同砲団」のメンバー500人に死刑判決を言い渡すなど、政権に対して批判的な立場をとる人々の人権を無視する行為を繰り返している。カリスマ的な人物としても知られており、エジプトの支持者たちからは絶大な人気を誇り、個人崇拝の的となっている。

[3] Netanyahu 第9代イスラエル首相。1996年から3年間首相を務めた後、1999年の選挙でエフード・バラックに敗れ退任。しばらく政界から距離を置いていたが、2003年に財務相に任命され、2006年には野党党首に就任し、2009年に首相に再選した。パレスチナ侵攻の積極派であり、2009年再選以来、一貫してパレスチナとの譲歩を拒否しつつ、ヨルダン川西岸地区、ガザ、そして東エルサレムに対する侵略行為や軍事攻撃を続けてきた。賄賂罪や詐欺罪の疑いで2019年に告訴され、野党側からの圧力を受けて2021年に退陣させられた。トランプ大統領との親交も深く、トランプは2017年にエルサレムをイスラエルの首都として公式に承認したが、国連総会と国連安全保障理事会は共にこれを強く批判した。参考文献:Ian Black, Enemies and Neighbors: Arabs and Jews in Palestine and Israel, 1917-2017, (New York: Atlantic Monthly Press, 2017).

[4] “there is no alternative” 通称「TINA」。イギリスのマーガレット・サッチャー首相が社会主義的な政策を拒否しつつ労働規制緩和や金融規制緩和、また国際貿易市場の自由化などを推し進める際に使った政治スローガン。2013年にはデーヴィッド・キャメロン首相がイギリスにおける緊縮政策を正当化する目的でTINAを用いた。

[5] Aman Sharma インドの気候活動家。Fridays For Future India中核メンバー、「All In For Climate Action」運動創設者。ニューデリーで学校ストライキを続ける他、野生動物の愛好家としても活動しており、図鑑シリーズとして『100 Indian Birds』『100 Indian Animals』を刊行してもいる。なお2019年9月には世界気候ストライキの一環としてインド国内293地域で総勢25万人以上の人々によるデモを牽引した。


原注

[i] Eurydice Bersi, “The Fight to Keep the Mediterranean Free of Oil Drilling,” Nation, March 24, 2020.

[ii] David Roberts, “New York Just Passed the Most Ambitious Climate Target in the Country,” vox.com, July 22, 2019.

[iii] Sandra Laville and Jonathan Watts, “Across the Globe, Millions Join Biggest Climate Protest Ever,” Guardian, September 20, 2019.