序文「世界規模の対話を少しでも前へ押し進める」(クロニス・J・ポリクロニュー)

Illustration © Jared Rodriguez / Truthout; Edited: Ayo Walker / Truthout

93歳の知識人ノーム・チョムスキーと、グリーンニューディール研究の世界的第一人者ロバート・ポーリンが、気候危機解決の道を語った『気候危機とグローバル・グリーンニューディール』。Fridays For Future Japanによる日本語版まえがき、そして飯田哲也・井上純一・宮台真司各氏による力強い推薦の言葉に後押しされつつ、ついに発売となった。本の完成を記念し、当ホームページでは12月をとおして特別コンテンツを無料公開していく。今回は本書の聞き手であるクロニス・J・ポリクロニューによる序文を全編掲載する。


世界規模の対話を少しでも前へ押し進める

文明的社会秩序が誕生して以来、人類は飢餓や自然災害(洪水、地震、火山噴火等)、奴隷制や戦争など、実に様々な課題や致命的脅威に直面してきた。20世紀前半にも、人類は2度も世界大戦を経験し、史上最悪の大虐殺体制が台頭した。20世紀後半には、核戦争による絶滅という脅威がダモクレスの剣のように人々の頭上に吊るされ続けた。本稿執筆時点である2020年4月現在、私たちは新型コロナウイルスの世界的流行とこれに付随する経済崩壊に直面している。パンデミックによって最終的に何人の人たちが亡くなることになるのか、現時点ではまだ誰にもわからない。また経済不況がどれほど深刻な影響をもたらすことになるのかも解っていない。兆候を見る限り、その深刻さは少なくとも2007年~2009年の大不況には匹敵し、場合によっては1930年代の世界恐慌にすら比肩するかもしれない。

 以上を踏まえた上で言うが、気候変動は人類史上最悪の実存的危機を招くだろうという主張にはかなりの根拠がある。主にエネルギー産出目的による石油、石炭、そして天然ガスの燃焼から二酸化炭素やその他の温室効果ガスが発生し、これが蓄積して世界各地の平均気温を上昇させていく。地球温暖化が進むと、猛暑、豪雨、干ばつ、海面上昇、そして生物多様性の喪失が悪化し、これによって健康、暮らし、生計、食料安全保障、水の供給、そして人間生活の安全性が脅かされる。他方では気候変動否定論が特にアメリカを始め世界の人々の心を虜にしている。その一因として、化石燃料産業界による数十年にもおよぶ絶え間ないプロパガンダ運動と世論のかき乱しが挙げられる。また2016年にヒラリー・クリントンを破ってホワイトハウスに駆け込んだ「最高気候変動否定官」ドナルド・トランプの番狂わせな勝利も問題を悪化させた。トランプ大統領は地球温暖化を「作り話」だと言い、2015年パリ協定からアメリカを離脱させるという極端な行動をとった。これはオバマ政権下のアメリカを含む世界195カ国が承認した協定だ。

 人々が地球温暖化という現実から逃避しようとするとき、そこには未知なるものへの恐怖や雇用喪失への不安が働いている。これは重要なポイントだ。だからこそ、気候危機への有効な対策は、労働者が無炭素経済へ無理なく移行できるような措置を含むべきだ。グリーンニューディール構想はすでに広く議論されているアイデアだが、そこには具体的に次の項目を組み込む必要がある。

  1. 温室効果ガスの削減に関しては、最低でも気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2018年に設定した目標を、すなわち2030年までに45%削減、そして2050年までに排出量実質ゼロという目標を達成すべきだ。
  2. 投資に関しては、省エネ基準を格段に向上し、太陽光、風力、そしてその他のクリーンエネルギー源の供給量を格段に増やすような投資によって、世界各地におけるグリーン経済への移行を牽引すべきだ。
  3. グリーン経済への移行に際しては、化石燃料産業の労働者やその他の社会的弱者を、雇用喪失という不運や経済的困窮という不安にさらしてはいけない。
  4. 経済成長は持続可能かつ平等主義的な仕方で実現されるべきだ。すなわち、気候安定化という目標は、世界各地の労働者や貧困層の雇用の機会の拡充や広範な生活水準の引き上げといった同等に大切な目標と一緒に実現されるべきだ。

 以上の4つの原理に基づくグローバル・グリーンニューディールこそ、地球平均気温の継続的上昇がもたらす悲惨な影響を回避するための現実的な解決策として唯一のものだ。このような筋の通ったグリーンニューディール構想が欠如していたため、これまで行われてきた国際気候サミットは、2019年12月にマドリードで開催された国連主催の第25回気候変動枠組条約締約国会議(COP25)も含め、世界を気候安定化の軌道に乗せることに失敗してきた。2015年にパリで行われたCOP21は広く賞賛されているが、これでさえも結局のところ儀礼的なレベルの行動にしか帰結していない。こうした失敗のせいで、世界はすでに産業革命以前と比べ摂氏1度(華氏1.8度)ほど温暖化しており、この先10年から20年以内には摂氏1.5度(華氏2.7度)の温暖化に到達してしまう見込みだ。

 気候変動を放置した場合に起こる壊滅的な現象について、ノーム・チョムスキーとロバート・ポーリンの両著者は本書で入念に分析している。ノーム・チョムスキーは言わずと知れた人物であり、半世紀にわたって世界で最も重要な公共知識人の一人であり続けてきた。チョムスキーは現代言語学の創始者としても知られている。言語学におけるチョムスキーの功績は、数学、哲学、心理学、そしてコンピューター科学を含む多くの分野に深い影響を与えた。ロバート・ポーリンは世界的に有名な進歩派経済学者であり、10年以上にわたって平等主義的なグリーン経済の実現をめぐる闘争を牽引してきた。膨大かつ重要な著作群に加え、ポーリンはアメリカの各州や海外諸国におけるグリーンニューディール構想の実施に関する研究にも取り組んできた。また、ポーリンは2009年アメリカ復興・再投資法のグリーン投資の部分の実施に関してエネルギー省の政策顧問も務めた。オバマ政権のこの経済刺激策には、再生可能エネルギーや省エネへの投資財源として900億ドルが含まれていた。

 ポーリンは本書でグローバル・グリーンニューディール構想を描いてみせているが、チョムスキーもこれを力強く支持している。ポーリンも示しているように、先述の本構想が満たすべき4つの基準は、少なくとも技術的・経済的障壁の高さだけ見れば十分に達成可能だ。しかしながら、どの技術的・経済的課題もしのぐほど困難な課題が一つある。世界の化石燃料産業の巨大な利権と財力を打ち倒すために必要な政治的意志をどう作り上げていくかという、非常に高い障壁が存在するわけだ。

 本書は4章構成となっている。第1章「気候変動の実像」では、まず過去に人類が直面してきた様々な危機の文脈で地球温暖化という課題の位置づけがなされている。その後、本章では「市場主導の気候危機対策案はなぜ失敗が約束されているのか」「気候安定化へと近づく上で工業型農業に代わる農業が最重要となる理由は何なのか」といった主要問題が批判的かつ詳細に考察されている。

 第2章「資本主義と気候危機」では、資本主義、環境破壊、そして気候危機の相互連関について明瞭な理論的・実証的議論が展開されている。そこでは、資本家による獰猛なまでの利益追求を気候安定化という義務と両立させる道はあるのかという問題に関して豊かな洞察が提示されている。また本章では、過去の政治活動が危機解決にほとんど寄与できなかった理由も考察されている。

 第3章「グローバル・グリーンニューディール」では、グリーン経済への移行を成功させるために必要な構想が描かれている。そこではポーリンがグローバル・グリーンニューディールの各部を素描し、財源論を展開している。また、40年間にもおよぶ世界新自由主義時代がもたらした長期的な格差拡大に対して、本構想が防御壁の役割を担い得るという点も示されている。ポーリンはさらに欧州連合(EU)が「欧州グリーンディール」と呼ぶ計画を批判的に検証してもいる。本章の結論部では、地球温暖化の壊滅的な影響が時間と共に深刻化する中で、グローバルサウスから数百万人もの人々がグローバルノースの高所得諸国へと移住するという悪夢のようなシナリオについてチョムスキーが語っている。

 第4章「地球を救うための政治参加」が本書の最終章だ。気候危機は世界の勢力均衡にどのような影響を与えうるのか。「緑の未来」の実現に向けて人々の政治参加を促す際に、エコ社会主義は政治的・イデオロギー的展望として有効なのか。気候変動と2020年のコロナウイルスの世界的流行の間にはどのようなつながりがあるのか。本章ではこうした問題が扱われているわけだが、そこには一つの共通課題が通奏低音として鳴っている―「グローバル・グリーンニューディールの実現に向けた政治参加をうまく盛り上げていくためには、具体的に何をすべきなのか」という課題だ。

 あなたが今手にとっているこの小さな本は、とても大きな意味をもっていると私は思う。専門家や活動家や一般読者を含むあらゆる人々にとって、本書は考えるヒントを提供してくれている。公的議論を盛り上げ、これを世界各地の各社会の各層にまで浸透させていく必要がある。本書はその作業へのささやかな貢献だ。この世界規模の対話(グローバル・ダイアローグ)を少しでも前へ押し進めることは、私たちが将来世代に対して担うべき最低限の責務だと言えよう。この点を留意しつつ、ノーム・チョムスキーとロバート・ポーリンの両氏には、地球を救うために私たちができることの啓蒙という旅のお伴をさせていただけたことに対して、改めて心から深く感謝したい。

クロニス・J・ポリクロニュー(聞き手)