新刊の抜粋 Part 1「現代の危機はヒロシマから始まった」(チョムスキー+ポーリン)

Illustration © Jared Rodriguez / Truthout

93歳の知識人ノーム・チョムスキーと、グリーンニューディール研究の世界的第一人者ロバート・ポーリンが、気候危機解決の道を語った『気候危機とグローバル・グリーンニューディール』。Fridays For Future Japanによる日本語版まえがき、そして飯田哲也・井上純一・宮台真司各氏による力強い推薦の言葉に後押しされつつ、ついに予約受付が始まった。本の完成を記念し、当ホームページでは12月をとおして特別コンテンツを無料公開していく。第三弾は、新刊作品からの抜粋シリーズをお届けする。


Part 1: 現代の危機はヒロシマから始まった

ポリクロニュー(聞き手) ここ数十年間で、気候変動問題は人類が直面する最も深刻な実存的危機として、また世界各国の政府にとって最も困難な社会問題として立ち現れてきました。そこでチョムスキーさんに質問です。気候変動について現在わかっていることを考慮に入れた上で、過去に人類が直面した他の危機と気候変動危機との関係を要約していただけますか[i]

ノーム・チョムスキー まず、現代において人類が直面している諸問題はどれもすさまじいものであり、人類史上でも類を見ないものである、という点を見落とさないようにしよう。現代人は、この先も組織立った人間社会が形を崩さずに存続していけるかどうかという問題に答えを出すよう求められている。答えを先延ばしにする余裕もだいぶなくなってきている。

 未来には新しく深刻な課題が待ち受けている。歴史を振り返ってみれば、そこにはむごたらしい戦争や筆舌に尽くし難い拷問、そして大量虐殺だけでなく、ありとあらゆる形で基本的人権が踏みにじられてきた記録が見つかるだろう。しかしながら、組織立った人間生活そのものが跡形もなく破壊されてしまう危険性というのは今回が初めてだ。これを乗り越えていくためには、世界が一致団結して課題に取り組む必要がある。もちろん、責任の重さは能力の高さに比例する。数世紀にわたって危機を醸成し、人類を暗鬱とした未来へ引きずり込みつつ私腹を肥やしてきた者たちには、特に大きな責任が課される。これは基本的な道徳観に従えば明らかなことだ。

 こうした諸問題は1945年8月6日に一気に顕在化した。広島への原爆投下は、それだけでは全人類の存続を脅かしはしなかったものの、実にむごたらしい惨状をもたらし、パンドラの箱を開け、人類の殲滅が可能になるような段階にまで科学技術が発展する可能性を示唆していた。それは1953年の熱核兵器の爆発によって実現した。そのとき、『原子力科学者会報』の世界終末時計は「真夜中まであと2分」を指し示した。真夜中とは人類絶滅のことだが、再び2分前まで長針が動いたのはトランプ大統領の就任1年目のことであり、その翌年を『会報』は「ニュー・アブノーマル」(新たな非日常)と呼んだ[ii]。これはしかし早まった判断だった。というのも、トランプ大統領のリーダーシップのおかげもあって、2020年1月に世界終末時計は今までで一番真夜中に近くなったからだ―「真夜中まであと100秒」となり、もはや単位が分から秒へ変わった。ここではこれ以上この暗鬱な歴史へは深入りしないでおくが、歴史を見れば誰にでも明らかなように、今に至るまでの人類の生存は奇跡のようなものだ。それにも関わらず、人類は自滅への道をさらなる勢いをつけて突き進んでいる。

 最悪の事態を避けるための努力も行われており、それはある程度の成功を収めてもいる。中でも次の4つの主要軍縮協定は特筆に価する—弾道弾迎撃ミサイル制限(ABM)条約、中距離核戦力全廃(INF)条約、領空開放(オープンスカイ)条約、そして新戦略兵器削減(ニュースタート)条約だ[1]。2002年にブッシュ・ジュニア政権はABM条約から脱退した。2019年8月にトランプ政権はINF条約から脱退したが、これは広島の原爆の日にほぼ完全に合わせたタイミングで行われた。またトランプ政権はオープンスカイ条約とニュースタート条約も維持しない姿勢を表明している[iii]。行く手を阻むものがなくなったら、あとは終末戦争に向けて一目散に走っていこうというわけだ。

 一連の出来事の「道理」―仮にそれが純粋な狂気を表す言葉として適切ならば―は、アメリカのINF条約からの脱退、そしてそれに続くロシアの想定どおりの脱退から見て取れる。この重要な条約は1987年にレーガンとゴルバチョフによる交渉から生まれ、ヨーロッパ戦争が(ひいては世界戦争や終末戦争が)勃発する危険性を大きく下げた。アメリカ側は「ロシアは条約を破っている」と主張し、メディアはそれをそのまま繰り返し報じているが、ロシア側もアメリカが条約を破っていると主張しているという点は見落とされている。アメリカの科学者たちはロシア側のこの主張を重く受け止めており、この分野の権威である『原子力科学者会報』にもこれを分析した重要な論文が発表された[iv]

 正常な世界においては、両国は外交の道を歩み、それぞれの主張を吟味するために第三者専門機関を招きいれ、1987年にレーガンとゴルバチョフがしたような形で最終的な合意へ到達しようとするだろう。異常な世界、狂った世界においては、条約は廃止され、両国は今まで以上の危険や不安定をもたらすような新しい兵器の開発を意気揚々と進めるだろう。そこには、例えば極超音速ミサイル[2]のような、現段階では防衛手段がない兵器も含まれるだろう―そもそも大規模兵器システムへの防衛手段などというものがありえるかどうかさえ疑わしいが。

 これこそ私たちが今いる世界だ。

 INF条約と同じように、オープンスカイ条約もまた共和党の発案によるものだった。アイゼンハワー大統領が原案を提示し、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領(ブッシュ・シニア)がこれを実施した。この頃の共和党はギングリッチ以前の政党であり、正常な政治組織として機能していた。アメリカ企業公共政策研究所(AEI)の権威ある政治アナリスト、トーマス・マンとノーマン・オーンスタインは、1990年代のニュート・ギングリッチ[3]隆盛以降の共和党はもはや正常な政治政党ではなく「急進派反政府運動」であり、議会政治をかなりのところまで放棄していると述べている[v]。ミッチ・マコーネルの指揮下でこの傾向はさらに顕著になってきており、共和党の内部はマコーネルに胡麻をする人間であふれかえっている。

 軍縮関連団体を除けば、INF条約の廃止に対する人々の反応は薄かった。とはいえ、皆が皆そっぽを向いているわけではない。軍需産業界は、大量破壊の道具を開発するための潤沢な契約を新たに結べることを露骨に喜んでいる。その中には先見の明の持ち主もいて、悠々と化け物を作り出した後、今度はそれに対抗しうる(あるいはほぼ無謀な)防衛手段の開発をするための巨額の契約を勝ち取ろうと長期的計画を練り上げている。

 トランプ政権はすぐに条約廃止を誇らしげに自慢した。その数週間後に、国防総省(ペンタゴン)はINF条約に反する中距離弾道ミサイルの発射実験の成功を粛々と公表した。それは他国に同じことをするよう呼びかけたも同然だったが、その行く末は誰の目にも明らかだろう[vi]

 元国防長官のウィリアム・ペリー[4]は、キャリアを通じて核兵器問題に取り組んだ人物であり、大言壮語を慎む性格の持ち主だが、彼は少し前に「恐怖を感じている」と、いや、背筋が凍るような恐怖を感じていると言った。戦争勃発の危険性の高まりと、それへの世間の関心の無さに対してだ。しかし現状はこれよりもさらに恐ろしい。というのも、人類滅亡への道を突き進んでいる人たちは、自分たちがしていることの恐ろしさをはっきりと自覚した上でなおそれを続けているからだ。この人たちは、生命維持環境の破壊にも同じように全力を挙げている。

 網は広く張り巡らされている。トランプ政権はその最も悪質で危険な例だが、問題は政策立案者たちに留まらない。大手諸銀行は化石燃料抽出に巨額の資金を流し込んでおり、有名学術誌もまた、排出量を大幅に削減しない限り人類を滅ぼしかねないようなあの物質を、アメリカは魔法の新技術のおかげで世界の誰よりもたくさん作り出せるようになったぞという調子の論文を次から次へと印刷している。この人たちの辞書に「気候」の二文字はない。

 科学者たちは地球外知的生命体を探すときにフェルミのパラドックス[5]にぶち当たる。そもそも地球外生命体はどこにいるのかという問題だ。宇宙物理学では、知的生命体はどこか遠くに存在するはずだとされている。物理学者の言い分はあるいは正しいかもしれない。知的生命体は実際に存在し、地球という惑星の奇妙な住人たちを発見した後、賢明に距離を置いているのかもしれない。

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訳注

[1] ABM, INF, Open Skies, and New START 冷戦期のアメリカとソ連による軍備拡張競争によって生産された大量の破壊兵器やその他の軍備を縮小し管理する目的で締結された条約。ABMは1972年に、INFは1988年に、オープンスカイは2002年に、そしてニュースタートは2010年にそれぞれ締結された。冷戦中のピーク時の大陸間弾道ミサイルの所持数はアメリカ3000発以上、ソ連5000発以上だったと推計されている。2021年現在はこれがアメリカ約400発、ソ連約280発にまで縮小した。参考文献:Robert S. Norris and Hans M. Kristensen, “Nuclear U.S. and Soviet/Russian Intercontinental Ballistic Missiles, 1959-2008,” Bulletin of the Atomic Scientists, 65:1, 2009, 62-69; Mitsuru Kurosawa, “Progress in Nuclear Disarmament during the 50 Years of the NPT,” Osaka University Law Review, 68, February 2021, 1-24.

[2] hypersonic missiles マッハ5以上で飛行する高機動性ミサイルの総称。既存の防衛システムでは迎撃できない新技術であるとされている。日本では2010年代以降、毎年数十億円もの開発予算が投じられている。アメリカ、中国、ロシア、インドなども積極的に開発している。ただし、核抑止論の文脈では極超音速ミサイルは既存のICBMと大差ないとする専門的見解もある。参考文献:Nathan B. Terry and Paige Price Cone, “Hypersonic Technology: An Evolution in Nuclear Weapons?,” Strategic Studies Quarterly, 14:2, 2020, 74-99.

[3] Newt Gingrich 1994年に下院において40年ぶりに民主党を打倒し共和党を第一党にした政治家。現在のアメリカ共和党の大衆動員型劇場政治の先駆者としても知られており、極端な党派政治や二極化、また有権者の感情を揺さぶる巧みなレトリックの洗練などを推進した。

[4] William Perry 数学博士、工学者、実業家、政治家。第一期クリントン政権下で国防長官を務めた。政界引退後は大量破壊兵器による惨事の防止を推進する団体「核脅威イニシアチブ」を立ち上げ、技術的な角度から核兵器廃絶運動や平和運動に貢献している。

[5] Fermi’s paradox 1950年に物理学者エンリコ・フェルミがロスアラモス国立研究所で同僚たちと昼食中に議論したと言われているパラドックス。「理論上は地球外にも高度文明が存在する確率が高いにも関わらず、経験的には地球外から地球への知的生命体の到着の証拠は存在しない」という考えがその中核を成す。対して、「これはフェルミの発案でもなければ、パラドックスでもない」とする批判的立場もある。参考文献:Robert H. Gray, “The Fermi Paradox Is Neither Fermi’s Nor a Paradox,” Astrobiology, 15:3, 2015, 195-199; Duncan H. Forgan, Solving the Fermi Paradox (New York: Cambridge University Press, 2019).


原注

[i] 原注はローマ数字で表していく。

[ii] Julian Borger, “Doomsday Clock Stays at Two Minutes to Midnight as Crisis Now ‘New Abnormal,’ ” Guardian, January 24, 2019.

[iii] Alexandra Bell and Anthony Wier, “Open Skies Treaty: A Quiet Legacy Under Threat,” armscontrol.org, January/February 2019; Tim Fernholz, “What Is the Open Skies Treaty and Why Does Donald Trump Want It Canceled?,” Quartz, October 29, 2019; Shervin Taheran and Daryl G. Kimball, “Bolton Declares New START Extension ‘Unlikely,’ ” July/August 2019, armscontrol.org.

[iv] Theodore A. Postol, “Russia May Have Violated the INF Treaty. Here’s How the United States Appears to Have Done the Same,” thebulletin.org, February 14, 2019.

[v] Thomas Edward Mann and Norman Jay Ornstein, “Finding the Common Good in an Era of Dysfunctional Governance,” Daedalus, amacad.org, Spring 2013.

[vi] Bradley Peniston, “The US Just Launched a Long-Outlawed Missile. Welcome to the Post-INF World,” defenseone.com, August 19, 2019.