新刊の抜粋 Part 3「原子力が担うべき役割とその限界」(チョムスキー+ポーリン)

Illustration © Jared Rodriguez / Truthout

93歳の知識人ノーム・チョムスキーと、グリーンニューディール研究の世界的第一人者ロバート・ポーリンが、気候危機解決の道を語った『気候危機とグローバル・グリーンニューディール』。Fridays For Future Japanによる日本語版まえがき、そして飯田哲也・井上純一・宮台真司各氏による力強い推薦の言葉に後押しされつつ、ついに予約受付が始まった。本の完成を記念し、当ホームページでは12月をとおして特別コンテンツを無料公開していく。第三弾は、新刊作品からの抜粋シリーズをお届けする。


Part 3: 原子力が担うべき役割とその限界

ポリクロニュー(聞き手) 将来的な排出量ゼロ経済において、原子力は何か役割を担えるでしょうか。

ポーリン 2018年に原子力は世界エネルギー供給総量の約5%を占めていた。世界の原子力エネルギーの90%近くは北アメリカ、ヨーロッパ、中国、そしてインドにおいて生成されている。2050年までに世界のCO2排出量実質ゼロ目標を達成する上で、原子力は重要な強みを持っている。発電に際してCO2排出も大気汚染も全く生じないからだ。

 こうした理由から、排出量ゼロの世界経済を構築するためには原子力エネルギー供給を大幅に拡大すべきだと熱心に論じる人たちもいる。その一人として、元NASAのジェイムズ・ハンセンがいる。ハンセンはここ数十年間気候変動への断固たる対策を求めて闘い続けてきた気候科学者としてつとに有名だ。2015年にハンセンは、著名な気候科学者であり同僚でもあるケリー・エマニュエル[1]、ケン・カルデイラ[2]、そしてトム・ウィグリー[3]と共にこう書いている。

気候システムにとって意味を持つのは温室効果ガスの排出量であり、発電源が再生可能か原子力かという点ではない。再生可能エネルギーだけで世界のエネルギー需要を完全に賄うことは十分に可能だと主張する人たちも存在する。しかし、100%再生可能エネルギーという構想は、非現実的な技術レベルを仮定してしまっており、結果として断続性問題の軽視や無視をしてしまっている。……原子力を大規模に導入すれば、太陽光や風力でエネルギーギャップを埋めるという考えもぐっと現実味を帯びてくる[i]

 ハンセンの議論は2019年版『世界エネルギー展望』でも強く支持された。『世界エネルギー展望』は国際エネルギー機関が発行し、世界エネルギー問題に関する資料として最も広く認知されている出版物だ。2019年版には次の結論が書かれている。「世界各地でクリーンエネルギー転換を実現するためには、再生可能エネルギーや炭素回収技術に加え原子力も必要となるだろう[ii]」。

 しかしながら、推進派は原子力を支持するにあたって、世界規模での大掛かりな原子力発電所建設に不可避的に伴う根本問題を軽視している。そこでまずは、環境への影響と公衆の安全という二つの分野における諸問題から検討してみよう。

放射性廃棄物 こうした廃棄物にはウラン抽出尾鉱や使用済み核燃料も含まれるが、アメリカエネルギー情報局(EIA)はこれらについて「数千年にわたって放射性や人体の健康への危険性を持ち続ける可能性がある」と述べている[iii]

使用済み核燃料の貯蔵と発電所の廃炉 使用済み核燃料集合体は放射性が非常に高く、特設プールや特設貯蔵器へ貯蔵される必要がある。原子力発電所が運転期間を終えた後、発電所を安全に撤去し、跡地がその他の用途にあてられるようになるまで除染をするというのが廃炉の手順だ。

政治的安全保障 当然だが、原子力は電力だけでなく殺戮兵器の材料にもなり得る。核兵器保有力の拡散は、戦争やテロを目的に原子力を利用するような組織(政府組織も含む)の手に核保有力が行き渡る危険性を生む。

原子炉溶解(メルトダウン) 原子力発電所における核反応が制御不可能となってしまうと、原子炉から半径数百マイルにも及ぶ範囲で空気や水が汚染される可能性もある。

 世界ではここ数十年間、原子力に付随するこうしたリスクはその利点と比べれば小さく、管理も十分に可能だという見解が支配的であり続けてきた。しかし、2011年3月に日本の東北地方でマグニチュード9.0の大地震と津波が起こり、福島第一原発にメルトダウンが発生したとき、この見解は修正を迫られた。福島メルトダウンの影響はまだ完全には解明されていないが、発電所の廃炉と被害者への損害賠償金額は、現時点での最新の推計では2500億ドルとなっている[iv]

 福島においては安全規制が明らかに大失敗していた。日本は高所得経済国であり、他のどの国よりも大きな被害を原子力から受けてもいる。そのような国でこの事故が起こったという事実は覚えておく必要がある。日本においてさえ原子力安全規制は機能しなかった。日本以外の国々で原子力発電所を大規模に建設した場合、日本よりもさらに厳格かつ効果的な規制が役割を果たす保証などどこにもない。そもそもこうした大規模建設事業は、日本よりも公共安全予算がはるかに低い国々においても実施されるのだから。

 ここからはコストに関するより一般的な問題が出てくる。トランプ政権下のエネルギー省ですら、原子力の発電コストは太陽光や陸上風力に比べ約30%高いと述べている[v]。しかも再生可能エネルギーのコスト、特に太陽光のコストはここ10年間で急激に低下してきており、将来的にはさらに大幅なコスト減が期待できる状況だ。対して、原子力は「負の学習曲線」を辿っている。つまり、時間の経過と共に原子力のコストは高くなってきているわけだ。その主な原因は、福島のような大事故が起こる危険性を本気で最小化するためには、原子炉1基を稼動するだけでも数十億ドル規模の追加コストがかかるという理解が進んだからだ。原子力発電所建設の世界的リーダーである巨大多国籍企業、ウェスティングハウスが2017年に破産申告を余儀なくさせられた理由もここにある。

 国際エネルギー機関(IEA)でさえ、2019年版『世界エネルギー展望』で原子力を推進した際にも非常にお粗末な擁護論を展開していた。そこでは、先進諸国がクリーンエネルギー転換の一環として原子力を完全に手放し再生可能エネルギーに特化した場合、「先進国経済において消費者が支払う電気代は5%高くなる」という結果が出ている[vi]。最悪の場合でも電気代が5%上がるだけであれば、それは原子力エネルギーが不可避的にもつコストや危険性を完全に回避するための対価として取るに足らないものだと言えるだろう。

 この先30年間で世界規模のクリーンエネルギー転換を進めるにあたって、既存の原子力発電所を稼動期間内で引き続き運転しても良いという議論はあり得る。しかし、既存の発電所を10年や20年継続して運転することは、新規原子炉の大規模展開と混同されてはならない。周知のとおり、省エネや再生可能エネルギーへの投資さえあれば、30年以内に排出量ゼロの世界経済を実現できるからだ。

チョムスキー 私にはこれは何とも言えない問題だ。危険性の存在は明白であり、広く知られている。既存の技術でも、原子力エネルギーの保有は核兵器開発能力へと発展し得る。悪夢のような展開だ。さらに、原子力には核廃棄物の処理など未解決の技術的問題もある。今回の危機を乗り越えるにあたって、原子力エネルギーに頼らずに済む道があれば理想的だが、原子力を使うという選択肢を初めから否定するのは短絡的だとも思う。

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訳注

[1] Kerry Emanuel マサチューセッツ大学アマースト校大気科学教授。大気圏対流やハリケーンの激化のメカニズムの研究を専門としている。2006年には『タイムズ』誌の「最も影響力のある100人」にも選ばれた。5冊の書籍に加え、多数の学術論文を発表している。また連邦議会での証言から一般大衆向けのポッドキャストへの出演まで幅広い啓蒙活動にも力を入れている。

[2] Ken Caldeira カーネギー研究所大気科学研究員。専門は海洋酸性化、樹木の気候への影響、人為的気候操作、そして気候システムにおける諸々の相互作用。IPCC第五次評価報告書の共著者の一人でもある。2011年にIPCCの筆頭著者を辞任した際にもIPCCの重要性を強調し、「もし同僚の仕事に対して科学的反論があれば、私は辞任せずに反論をしたはずです。よって、私の辞任は同僚の仕事への信頼を示す一手として解釈されるべきです」と述べた。またカルデイラは2013年に、政策立案者に向けて「安全な原子力システムの開発と設置を推進せよ」「原子力への反対運動は人類が気候変動の危機を乗り越える能力を失わせる危険性がある」と呼びかける公開書簡に署名してもいる。

[3] Tom Wigley アデレード大学気候科学教授、米国科学振興協会フェロー。カーボンサイクルのモデリングをはじめ、気候変動の基礎となる科学理論の構築に多大な貢献をした。またIPCCの各種報告書への共著を含め多くの学術論文を発表している。カルデイラと同じく、2013年には安全な原子力システムの推進を呼びかける公開書簡に署名した。


原注

[i] James Hansen et al., “Nuclear Power Paves the Only Viable Path Forward on Climate Change,” Guardian, December 3, 2015.

[ii] International Energy Agency, World Energy Outlook 2019, iea.org, 91.

[iii] US Energy Information Administration, “Nuclear Explained,” eia.gov.

[iv] Rachel Mealey, “TEPCO: Fukushima Nuclear Clean-Up, Compensation Costs Nearly Double Previous Estimate at $250 Billion,” abc.net.au, December 16, 2016; “FAQs: Health Consequences of Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident in 2011,” World Health Organization, who.int.

[v] US Energy Information Administration, “Levelized Cost and Levelized Avoided Cost of New Generation Resources in the Annual Energy Outlook 2020,” eia.gov, February 2020.

[vi] IEA, World Energy Outlook 2019, 91.