新刊の抜粋 Part 2「発展途上諸国の大気汚染を解決する」(チョムスキー+ポーリン)

Illustration © Jared Rodriguez / Truthout

93歳の知識人ノーム・チョムスキーと、グリーンニューディール研究の世界的第一人者ロバート・ポーリンが、気候危機解決の道を語った『気候危機とグローバル・グリーンニューディール』。Fridays For Future Japanによる日本語版まえがき、そして飯田哲也・井上純一・宮台真司各氏による力強い推薦の言葉に後押しされつつ、ついに予約受付が始まった。本の完成を記念し、当ホームページでは12月をとおして特別コンテンツを無料公開していく。第三弾は、新刊作品からの抜粋シリーズをお届けする。


Part 2: 発展途上諸国の大気汚染を解決する

ポリクロニュー(聞き手) 化石燃料の燃焼によるエネルギー産出は、気候変動の主原因であるだけでなく、大気汚染の大きな原因にもなっています。世界的に見て、大気汚染が人体の健康に及ぼす影響はどれくらい深刻なのでしょうか。

ポーリン 大気汚染は世界中で深刻な健康被害を生んでいる。健康影響研究所[1]が2019年に発表した研究によると、世界人口の90%以上が世界保健機関(WHO)の空気質ガイドラインが「安全でない」と定める空気を呼吸している[i]。そのため、大気汚染が高血圧、喫煙、そして高血糖に次ぐ4番目の死亡リスク要因となっており、2017年には世界中でおよそ500万人の命を奪ったという事実も決して驚くに値しない。低所得国において、大気汚染は最大の死亡リスク要因となっている。また、大気汚染は世界で4番目に大きい「疾病負担」要因でもある。疾病負担とは人々が病気を抱えて生きる年数のことだが、およそ1億5000万人もの人たちが大気汚染による早発性の疾病や障がいに苦しめられている。

 大気汚染は「屋外汚染」と「屋内汚染」の2つのカテゴリーに分類できる。石油と天然ガス、そして特に石炭の燃焼は、気候変動の主原因であるに加え、屋外大気汚染の最大の原因でもある。石炭燃焼は毒性レベルの二酸化硫黄や煤塵(ばいじん)の微粒子を放出し、石油や天然ガス、そして石炭の燃焼も毒性量の酸化窒素を大気圏に放出する。屋外汚染のもう一つの主原因は山火事だ。気候変動はより頻繁により激しい山火事を引き起こす。例として、2019年にカリフォルニア北部を襲った火事や、2020年にオーストラリアをさらに激しく襲った火事が挙げられる。こうした激しい山火事は異常気象の組み合わせによって引き起こされる―通常よりも雨量の多い雨期に過剰に繁殖した草木は、後に熱波や干ばつが長引くと乾燥燃料に変貌するわけだ。屋外汚染の第三の要因はエネルギー産出を目的とするバイオマス燃焼だ。総じて、化石燃料や高排出量バイオエネルギーに代わる地球規模のクリーンエネルギーのためのインフラ整備事業は、屋外大気汚染の主な原因の解消にも貢献するだろう。

 屋内大気汚染もバイオマス燃料源の燃焼によって、すなわち調理や暖房のために焚き木や農産廃棄物、糞などを燃やすことによって引き起こされる。これはほぼ例外なく低所得国の貧困家庭のみにおいて行われる。よって、屋内大気汚染は屋外大気汚染ほど直接的に化石燃料の燃焼に起因してはいない。それでもなお、クリーンエネルギー変革を達成し、安価な電力を小規模なソーラー発電所や風力発電所を通して農村部に送電できれば、家庭は家の中でバイオマスを燃やす必要性から解放される。そうなれば屋内大気汚染も無くなる。

 ここ30年間で大気汚染の健康リスクは世界規模で大幅に低下した。大気汚染による死亡者数は1990年には10万人当たり111人だったが、2017年には10万人当たり64人にまで減った。とはいえ、こうした進歩はほぼすべて屋内大気汚染の減少に、すなわち冷房や暖房のために固形燃料を燃やす家庭の数の減少に起因する。つまり、同期間中、屋外大気汚染からくる健康リスクの減少のための努力はほぼまったく行われてこなかった。世界規模のクリーンエネルギーインフラ設備への移行なくしては、屋外大気汚染の影響も悪化の一途を辿るだろう。その原因は、低所得国における農村部から都市部への移住者の増加だ[2]。都市では化石燃料支配型の既存の経済成長の傾向に従って大気汚染が悪化するだろう。

 マサチューセッツ大学アマースト校の経済学者、ジェームズ・ボイス[3]が2015年のニューデリーの状況に焦点を当てて書いた報告書には、急成長を続ける低所得国における主要都心部の実態が鮮明に描かれている。

最も危険な大気汚染物質の一つに粒子状物質(PM)がある。デリーにおけるPMの発生源は様々であり、都市での夜間走行が許されているディーゼルトラック、急激に数が増えている乗用車、都市を囲い込むように並ぶ石炭火力発電所やレンガ焼成窯、建設廃材、そしてゴミの野焼きが含まれる。粒子は空気質指数(AQI)によって計測される。50以下のAQIは「良好」とされる。300以上の数値は「危険」とみなされ、多くの国々で緊急警報が発令される。デリーで私は最寄の観測地からのAQIデータをチェックする癖がついた。バレンタインデーの朝に確認した際には、粒子のAQIは399だった。これは一夜で668という、標準のAQIカテゴリー表から逸脱するほどの数値に達した。これよりもさらに高い数値を記録したこともあった。デリーに私が到着する1ヶ月前に、国内トップの環境活動団体であるインド科学環境センターはある研究を発表した。研究調査の一環として地元住民はそれぞれ大気汚染モニター機器を携帯しつつ日常生活を送ったのだが、中には1000を超える数値を記録した機器も存在した[ii]

 高所得国の状況はほぼ例外なくこれよりマシだ。アメリカやドイツにおける大気汚染による死亡者数はインドの7分の1であり、日本に至ってはインドの12分の1という少なさだ。それでもなお、ほとんどの高所得国においても屋外大気汚染からくる健康被害はかなり大きい。また、高所得国内でも被害の内容は階級や人種によって大きく異なる。ここでもボイスらはアメリカにおけるこうした差異を記録するという先駆的な仕事をした。例えば2014年の研究では、アメリカ中西部における貧しい有色人は貧しくない白人に比べ有害な大気への暴露量が2倍であることが判明した。また貧しい白人は貧しくない白人に比べ暴露量が13%多いという結果も出ている。貧しくない有色人ですらも貧しい白人に比べ暴露量が約30%多いという点は特筆に価する[iii]

 俯瞰してみると、大気汚染と気候変動の深い相互連関は火を見るより明らかだ。グローバル・グリーンニューディールによって気候を安定させれば、大気汚染問題の大半や大気汚染に付随する深刻な健康問題も合わせて解決できるだろう。大気汚染をほぼ全般的に解消できた場合、低中所得国の人々や高所得国における低所得層や少数派の人々が特に大きな恩恵を受けるだろう。これこそ、グローバル・グリーンニューディールが人類の平等と環境の健全化を一緒に実現するプログラムとなる可能性を示す好例だ。

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訳注

[1] Health Effects Institute 通称HEI。アメリカのマサチューセッツ州に拠点を置く研究所。より清浄な空気やより優れた健康の実現を目標に活動を展開している。

[2] because of the rising proportion of the overall population in low-income countries migrating from rural areas into cities 論拠や出典が不明瞭な主張。例えば中国における都市への移住がPM2.5への暴露量に与える影響を調査した研究では、都市部への移住は暴露量を下げるという結果が出ている。また、都市部は農村部と比べ大気汚染が深刻なため、都市部への移住者が大気汚染問題のせいで農村部へとんぼ返りしてしまい、都市化政策が失敗しているという事例もある。参考文献:Huizhong Shen, et al., “Urbanization-induced population migration has reduced ambient PM2.5 concentrations in China,” Science Advances, 3:7, 2017, e1700300; Ziming Liu and Lu Yu, “Stay or Leave? The Role of Air Pollution in Urban Migration Choices,” Ecological Economics, 177, 2020, 106780.

[3] James K. Boyce マサチューセッツ大学アマースト校経済学名誉教授。専門は環境経済学であり、特に発展途上国における持続可能かつ公平・公正な経済発展に関する研究功績で名高い。コロンビアにおける農地の権利やアメリカにおける水質保護などの諸団体の顧問も務めた。


原注

[i] “How Clean Is Your Air?,” stateofglobalair.org.

[ii] James K. Boyce, Economics for People and the Planet: Inequality in the Era of Climate Change (London: Anthem Press, 2019), 59–60.

[iii] Boyce, Economics for People and the Planet, 67.